第二集

      六月の雨の街の中で

        前章 ”雨の交差点”

     雨の日、そぼ降る街角にパラソルの花が咲き群れる。
    都会の美しい表情。冷たく鋭角に光るビルの谷間。女性たちの華やかなパラソルの花が輪舞する。
     六月の雨。六月の夕暮れの雨。
    赤い信号灯で待ちぼうけの人々。人々の波と吐息でふくれあがる夕暮れの交叉点。
    私は好きだ。信号灯を待つ孤独と自由の瞬間を・・。
    
     何を考える?信号待ちの刹那に。赤いシグナルが青に変わる。
    心の中のスイッチも切りかわる。人々が流れ、パラソルの色彩の香が雨ににじむ。
    自由な想念に身をゆだねながら歩きつづける。

     一人の少女が歩いている。
    くるくるパラソル回しながらゆっくり歩いている。
    赤いブーツをはいている。透明なビニールの雨傘。歩道橋の下の蒼い水たまり。
    少女は赤いブーツをじゃぶじゃぶさせている。
   
    クラクションが短く鳴った。また歩きだす。くるくるとパラソルは回っている。
    少女の心のように。・・
    舞い落ちる雨滴。舞踏のステップ踏む少女のスカートのように放射状に広がり落下する。
    
     三丁目の交叉点は青のシグナル。
    少女は渡ろうともせずに立ち止まった。お花屋さんの前なのです。
    お店の中をそっとのぞいている。
    少女らしく小首を少しかたむけて。その一角は初夏の花々の色彩のるつぼ。
    無数のパステルから放射される波長の拡散が雨脚をほんのりと染めている。
    少女は何かを発見したかのようにふと空を見上げた。
    透明なパラソルごし眺めている。
    夕暮れの遠く蒼い空を眺めている。
   
     雨が降る。降りつづける。
    ほんのりと白く染まった街並み。昨日まで住みなれた街。それは過去の遠い想い出の街。

     雨、雨は、降りつづける。悲しみの想い出を塗りこめるように。・・
    遠くの雨。立ち並ぶ団地。廃墟の神殿のように沈黙している。
    過ぎゆきし化石の街よ。白い光を閉ざし、みな秘密の窓を閉じている。
    傷痕の街よ、異郷の街よ、娼婦たちの悲しみに濡れた街よ。
    
              あっ、聞こえるかい
               耳を澄ましてごらん
              聞こえる
              聞こえる
              あれは何の音
              何の音
              遠くの森から流れる曲べ
              聞こえるかい
              聞こえる
              聞こえる
              あれはフルートの音色
              森の泉から湧きいずる
              フルートの澄んだ音色

             
    フルートの曲べが街に流れたら、みな眠りにつくのさ。
    幼児も老人も。小鳥のように足を丸くして、眠りにつくのさ。
    朝の清らしい光がたちこめるまで・・・  
                                  
                                    (つづく) 後章 ”雨と鴎と少年

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